“水戸藩士の子として生まれた。1881年(明治14年)慶應義塾入学。卒業後、福澤諭吉のもと、時事新報記者になった。その後アメリカに渡った際、デパート経営に興味を持った。帰国後、三井銀行に入社。
1895年(明治28年)、三井呉服店(三越)に移り、様々な経営改革を行った。例えば、江戸時代以来の座売り(商品を店頭に並べるのではなく、客の求めに応じて1つ1つ奥から取り出す)を陳列販売に改めたり、大福帳をやめて会計制度を導入したり、経営の近代化に努めた。高橋の経営改革は、同窓(慶應)の日比翁助が引き継ぎ、さらに推進することになる。その他、三井鉱山などの経営にも関わった。”
“私は怪獣をカオスの典型として捉えることにしました。ウルトラマンは当然コスモスの典型でなければいけません。コスモスの典型と云えばフィディアスのアテネ像が代表で、単純な造型とアルカイック・スマイル(古式微笑)がその特徴です。宇宙時代のコスモスの典型は更に単純でなければなりません。
 また、宇宙時代のカオスの典型は、あくまでも怪獣であって妖怪にしてはいけません。
 それらの怪獣を生み出していく原動力は抽象性しかないと考えました。”